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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)8355号 判決

原告 姜貞淑

右訴訟代理人弁護士 万谷亀吉

同 八巻忠蔵

被告 福原一雄

右訴訟代理人弁護士 八木力三

主文

被告は原告に対し東京都板橋区上赤塚町一六一番地の八所在家屋番号同町三三四番木造亜鉛葺平家建住宅一棟二四坪三合三勺三才(登記簿上二〇坪七合五勺)のうち別紙図面(一)に示す斜線部分約一三坪八合三勺三才を明け渡し、かつ昭和三六年五月一日から右明渡ずみまで一ヶ月金一万三〇〇〇円の割合による金員を支払うべし。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は金二〇万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

(原告)

原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決を求め、請求の原因として次のように述べた。

一  東京都板橋区赤塚町一六一番地の八家屋番号同町三三四番木造亜鉛葺平家建居宅一棟建坪二〇坪七合五勺(現況約二四坪三合三勺三才、以下本件建物という)はもと金村正男こと金聖鎬の所有であつたが、同人は昭和三三年三月一〇日被告の内妻の母田中みさをに対し本件建物のうち別紙図面(一)に示すハ、ニ、ホ、ワ及びハの各点を結ぶ直線によつて囲まれた部分(以下A部分という、なお以下において別紙図面(一)上の各点を示すときは、単にイ、ロ、ハ……を以てする)を賃料一ヶ月金三〇〇〇円で内部のみを改装して軽飲食店に使用するとの約で期限の定めなく賃貸した。ところが、同人はA部分の内部を改装するのみか外部に図面(一)イ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ及びイの各点を結ぶ直線によつて囲まれた部分を増築して風俗営業を始めるに至つたので、金聖鎬は直ちにその違約を責めたところ、被告が交渉の相手となりこれと種々折衝の末、昭和三四年二月一日改めて被告に対し右増築部分を含むA部分に加え新らたにワ、カ、ヨ、リ、ヌ、ル、オ、ホ及びワを結ぶ直線によつて囲まれた部分(B部分という)を貸増し、これを賃料一ヶ月金一万三〇〇〇円毎月末日かぎり翌月分前払、期間向う五ヶ年、B部分は中華料理店とするため内部の改装を行うがそのほか建物の現状はこれを変更しないことの約で賃貸することとした。

二  ところが、被告は右賃貸借後間もない昭和三四年九、一〇月頃約旨に反しA部分とB部分との間に存するワ、ホの障壁を破壊し、B部分の西側に存するル、オの外壁をタ、レに移動し、さらにB部分の外側にヘ、ト、チ、リ、ヌ、ル、オ、ホ及びヘを結ぶ直線によつて囲まれた部分を増築し、原形をとどめないまでの大改造を行つてしまつた。もとより金聖鎬は、再三被告に対し工事の中止を求めたが、被告はこれを無視し、同年一〇月二三日一旦同人に対し右増築部分を撤去する旨を約したけれども、今日に至るもこれを実行しないのである。

のみならず被告は同年六月三日何んと右賃借にかかる本件建物部分を自己の内妻田中和子の所有する独立の建物であるとして東京法務局練馬出張所同日受付第一五九四二号を以て建物の表示を東京都板橋区上赤塚町一六一番地の八所在の家屋番号同町一六一番の四木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建店舗一棟建坪一五坪五合八勺とする同人名義の所有権保存の登記をし、かつ同日受付第一五九四三号を以てこれにつき東京信用金庫に対し債権元本極度額を金一〇〇万円とする根抵当権設定登記をしている。もとより、かくのごときは賃借人の賃貸人に対する著しい不信行為であり、賃貸人にとつてはまさしく賃貸借を継続し難い重大な事由である。

三  ところで、原告は昭和三六年一月一三日金聖鎬から本件建物を買い受け、同月一六日その所有権移転登記を経由し、同人の被告に対する本件建物部分の賃貸人たる地位を承継したが、右のような被告の無断増改築及び不法な所有権保存登記を発見するとともに同年九月五日翌六日到達の書面で被告に対し書面到達の日から七日以内に右増築部分の撤去及び不法な保存登記の抹消登記をするよう要求し、若しこれに応じないときは本件建物のうち別紙図面中斜線の部分(以下本件建物部分という)賃貸借を解除する旨条件附賃貸借契約解除の意思表示をした。しかるに、被告は右の要求に応じないので、本件建物部分の賃貸借は右催告期間の経過とともに解除されたものである。しかして、被告は昭和三六年五月一日以降の賃料及び契約解除後の賃料相当の損害金を支払わないので、ここに本件建物部分の明渡及び昭和三六年五月一日から明渡ずみまで一ヶ月金一万三〇〇〇円の割合による賃料及び賃料相当の遅延損害金の支払を求める。

四  被告主張の増改築につき金聖鎬の承諾があつたとの事実は否認する。

(被告)

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁及び抗弁として次のように述べた。

一  原告主張の事実は本件建物がもと金村正男こと金聖鎬の所有であつたことのほかは著しく事実と相違する。すなわち、本件建物がもと同人の所有であつたことは間違いないのであるが、被告はまず昭和三三年三月一〇日同人から本件建物のうち別紙図面(二)イ、ロ、レ、ヨ及びイの各点を順次結ぶ直線によつて囲まれた部分を賃料一ヶ月金三〇〇〇円毎月末日払で期間の定めなく賃借し、その際同人の承諾のもと同図面イ、ヨ、フ、コ及びイの各点を結ぶ直線で囲まれた部分に出窓を建出し、ここで「サントール」という名で喫茶店の営業を始めた。その後被告は昭和三四年一月三一日同人から同図面ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、ソ、タ、レ及びロの各点を順次結んだ直線で囲まれた部分を借増すこととし、同時に同人の承諾を得て同図面イ、ク、マ、ノ、ウ、ヤ、ム、ラ、ナ、ネ、ト、ヘ、ホ、ツ及びイの各点を結ぶ直線で囲まれた部分を増築するとともに朽損した賃借部分をも改築し、改めて賃料を一ヶ月金一万円、期間昭和三九年二月一日までと定めたが、さらに同年一〇月二三日同人と協定の上賃料を一ヶ月金一万三〇〇〇円に増額することとし、爾後賃借使用を継続して来たのである。

従つて、被告は増改築につき賃貸人の承諾がないというような理由で攻撃を受けるようないわれはない。

二  ところで、被告は昭和三六年九月六日原告からその主張のような無断増築撤去及び不法な保存登記の抹消登記を求めた条件附契約解除の意思表示を含む書面を受け取つた。しかし、右所有権保存登記の名義人たる田中和子は昭和二一年頃から被告と内縁関係にあり同棲していたものであるが、昭和三五年三月一五日何処かへ出奔したもので、右保存登記は同人又はこれが手続をした山崎昭の過誤によるものであつて、被告には何らの責任もない。ことに右保存登記の存在によつて原告は少しも損害を蒙つていないのであるから、これを本件賃貸借解除の理由とすることは当を得ていない。

(証拠)≪省略≫

理由

一  本件建物がもと金村正男こと金聖鎬の所有であつて、昭和三四年初頃被告がその一部を賃借するに至つたことは当事者間に争いがない。

しかしながら、被告が本件建物の一部を賃借するに至つた経緯、その範囲、契約内容については争いがあるので、この点から判断する。

≪証拠省略≫をあわせると、被告及びその内妻田中和子とは本件建物の程近くに居住していたものであるところ、被告は昭和三三年三月一〇日金聖鎬から田中和子の母みさを名義で本件建物のうち別紙図面(一)表示のA部分を喫茶店経営のための店舗として礼金一万五〇〇〇円を支払い、賃料一ヶ月金三〇〇〇円毎月二八日払の約で期間の定めなく賃借し、金聖鎬の承認を得てA部分の外側同図面イ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ及びイを順次結ぶ直線で囲まれた部分に出窓その他の張出を附置し、田中和子をして、ここで喫茶店を経営させていたが、その後昭和三四年一月一三日能登岩雄の仲介により自己の名義でA部分の西側同図面B部分を翌二月一日から賃料一ヶ月金一万円毎月二八日払の約で期間の定めなく借増し、爾後金聖鎬に対しA部分とあわせ毎月金一万三〇〇〇円の賃料の支払をしていたものであることが認められる。被告は、借増の際賃料はA部分とB部分とをあわせ金一万円であつたと供述するが、賃料一ヶ月金一万円の賃貸借契約証書の乙第二号証中には賃借部分を一二畳とする記載のあること及び証人田中和子が昭和三五年九月頃まで実際に右賃料の支払の衝に当つて来たのはA、B部分における営業の担当者であつた同女であつて、借増により賃料は一ヶ月合計一万三〇〇〇円となつた旨を証言していることとくらべあわせ措信することができない。

二  原告が昭和三六年一月一三日金聖鎬から本件建物を買い受けてその所有権を取得し、同月一六日その旨の所有権移転登記を経由したことは被告の明らかに争わざるところであるから、これを自白したものと看做すべく、原告が同年九月五日翌六日到達の書面で被告に対しその主張のように書面到達の日から七日以内に無断増築部分の撤去及び本件建物部分につきなされある不法な所有権保存登記を抹消するよう要求し、若しこれに応じないときは本件建物部分の賃貸借を解除する旨条件附契約解除の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

そこで、まず無断増築によつて本件建物部分の賃貸借が解除されたとする原告の主張について検討する。

被告が右賃借部分に改築を施し、B部分西側及びA、B部分の北側前面部に増築をしたこと自体は被告の自ら認めるところであり、≪証拠省略≫によれば、被告はB部分を借増した昭和三四年二月頃から同年五月頃までの間にA、B部分をバー経営に適するよう改造しかつあわせて小規模な中華料理店をはじめるためA部分とB部分との間に存した別紙図面(一)(ワ)、ホの障壁を取り去り、新らたにタ、レの壁を設置してル、オの外壁を撤去しB部分西側の本件建物側面部と北側の前面部とにかけ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ、ル、オ、ホ及びヘを結ぶ直線によつて囲まれた部分を増築し、かくしてイ、ロ、カ、ヨ、リ、ヌ、タ、レ及びイを結ぶ直線によつて囲まれた部分をバー営業にチ、リ、ヌ、タ、レ、ト及びチを結ぶ直線によつて囲まれた部分を中華料理店福楽の営業のために使用するようになつたことが認められる。

ところで被告は右増改築については事前に金聖鎬の承諾を得た旨を主張している。

しかし、これに沿う被告本人尋問の結果は、被告自身が増改築の頃金聖鎬が入院加療中であつた旨を供述していること等からいつてもたやすく措信することができないが、≪証拠省略≫、証人田中和子、同金海柄の証言及び被告本人尋問の結果を考えあわせると、金聖鎬は右増改築の頃たまたま入院加療中であつたが、帰宅してみると右認定のような増改築が施されてしまつており、その上増改築工事のため同人が使用していた本件建物南側住居部分の壁に亀裂欠落を生じ、便所の汲取にも支障を来すようになつていたので、昭和三四年一〇月頃被告に対し厳重抗議するとともに、今後も賃借を継続したいのであれば、破損した壁を直ちに修理し、将来再びかような事態の起らぬよう賃貸借契約につき公正証書を作成することを要求し、被告は要求どおり壁の修理、公正証書の作成を承諾し、同月二三日賃貸部分をA、B部分をあわせ増改築前の一〇坪二合五勺と表示し、賃借人名義をすべて被告、賃料一ヶ月金一万三〇〇〇円毎月末日かぎり翌月分払、賃貸期間を同年二月一日から昭和三九年一月末日までと定め、その他の条項を含む公正証書を作成し、賃借人の義務に反した右増改築は一まずこれを宥恕することとなつたことを認めることができる。証人金海柄の証言中右公正証書の作成は決して従前の増改築を不問に付する趣旨ではない旨の部分は、右公正証書が作成されるに至つた経緯に照らし措信することができない。

してみれば、結局金聖鎬は被告のした右無断増改築を許容したものであるから、原告はこの点を捉らえて被告に対し賃貸借契約の解除を主張し得ないものといわなくてはならない。

三  次に、本件建物部分につき被告が不法にも所有権保存登記をしたことを理由として本件賃貸借が解除されたとする原告の主張について判断する。

≪証拠省略≫によると、被告は昭和三四年二、三月頃土地家屋調査士の山崎昭に前認定のような増改築をした本件建物部分につき田中和子名義で東京都板橋区役所に対する建築確認申請を依頼し、次いで同年五月頃同じく山崎昭に対しこれにつき田中和子名義による所有権保存登記をしてくれるよう依頼し、東京法務局練馬出張所昭和三四年六月三日受付第一五九四二号を以て建物の表示を同区上赤塚町一六一番地の八家屋番号同町一六一番の四木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建店舗一棟建坪一五坪五合八勺とする同人名義による所有権保存登記がなされていることが認められる。この点についても被告はその本人尋問において、被告は増築にかかる別紙図面(二)のイ、ヨ、フ、コ及びイを結ぶ直線によつて囲まれた部分竝びに同図面イ、ク、マ、ノ、ウ、ヤ、ム、ラ、ナ、ネ、ト、ヘ、ホ、ツ及びイを結ぶ直線で囲まれた部分につき被告又はその指定する者の名義による所有権保存登記手続を採ることに対し当時本件建物の所有者であつた金聖鎬から了承を得、山崎昭に対し右増改築部分についてのみ田中和子名義による所有権保存登記手続を依頼したという旨を供述しているが、前段認定の事実竝びに右各証拠及び本件弁論の全趣旨からすれば、本件建物部分は壁の撤去、移動等により従前の原形を止めないまでに増改築されているのであり、増築部分といつても従前の部分と劃然たる区分があるわけではなく、従前存した部屋を拡大改変した部分に過ぎず、これと全く一体をなし分離することは不可能なものであつて、そもそも独立して所有権の客体とはなり得ないものであるから、右被告本人の供述は合理性を欠きにわかに措信することができない。ことに証人山崎昭の証言に徴すると、被告は本件建物部分全体を自己の所有とし、これにつき田中和子名義による所有権保存登記をしてくれるよう求めたことが認められるのである。そして、他に右認定に反する措信すべき証拠はない。

さて、原告は被告が右のように本件建物部分につき所有権保存登記をしたことは賃貸人に対する著しい不信行為であつて、賃貸借を継続し難い重大な事由に該るという。たしかに賃貸借は、賃貸人と賃借人との相互の客観的継続的な信頼関係に基いて維持されて行くものであるから、賃貸人及び賃借人はいずれも信義に随い誠実に行動すべく、賃借人に債務不履行があつた場合のように賃貸借関係の存続を著しく困難ならしめるような客観的に重大な不信行為があつた場合には賃貸人は賃借人に対し賃貸借契約の解除をなし得るものと解すべきである。そして本件において、被告は昭和三四年二月頃から無断増改築をした(これが宥恕されたものであることについては前述)上、さらに増改築した本件建物部分も自己の所有建物であるとして擅に当時同棲していた田中和子名義で所有権保存登記を行うという、まさしく本件建物の所有者たる賃貸人を無視し自ら所有者と称するに等しい行為を敢えてしたものであるから、賃貸人に対する客観的に重大かつ悪質な不信行為を行つたものといつてしかるべく、これによつて賃貸人との間に存在すべき客観的な信頼関係も破られるに至つたものであり、賃貸人たる者は被告に対しこれを理由として本件建物部分の賃貸借の解除をなし得るものといわなければならない。証人金海柄の証言によると、同人は本件建物を譲り受けた原告のため本件建物の存立する土地所有者の何人なるかを確認すべく、東京法務局練馬出張所に赴いた際偶然本件建物部分につき田中和子名義による右所有権保存登記がなされあることを発見したことが認められ、右登記が存在することによつて直ちに賃貸人たる原告に損害が生じたものと認めるべき資料はないけれども、そのことは決して右の結論を左右するものとは考えられない。

しからば、本件建物部分の賃貸借は原告のした前示契約解除の意思表示により前記催告期間の末日である昭和三六年九月一三日の経過とともに解除されたものというべきである。

四  しかして、以上によれば、被告は昭和三六年五月一日以降の賃料を支払つたかどうかの点については何ら主張立証をしていないのであるから、原告に対し(一)同日から右賃貸借契約解除の日である同年九月一三日まで一ヶ月金一万三〇〇〇円の割合による賃料を支払う義務があるほか、(二)本件建物部分を明渡し、同月一四日から右明渡ずみまで右賃料と同一の割合で明渡義務の履行遅滞による損害金を支払う義務あることが明らかである。よつて、原告の本訴請求を正当として認容すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木醇一)

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